🔬 NMRの原理
核スピンとゼーマン分裂
スピン量子数(I)が 0 でない原子核(¹H、¹³C、¹⁹F、³¹P など)は磁気モーメントをもつ。
外部磁場(B₀)をかけると、エネルギー準位が 2I+1 個に分かれる。
✅ スピン量子数 I = 1/2 の原子核(¹H, ¹³C など)は外部磁場で 2 つのエネルギー準位に分かれる
→ これを ゼーマン分裂 という
この 2 準位間のエネルギー差に対応する電磁波(ラジオ波)を吸収する現象が 核磁気共鳴(NMR)。
測定対象核の比較
| 測定核 | 感度 | 用途 |
|---|---|---|
| ¹H | 高い | 水素の化学環境・官能基・骨格推定 |
| ¹³C | 低い(天然存在比 1.1%) | 炭素骨格を直接観測 |
| ¹⁹F | 高い | フッ素含有薬物の分析 |
| ³¹P | 高い | 核酸・リン脂質の分析 |
📊 化学シフト(δ値)
周囲の電子密度によって共鳴周波数が変化する。この変化を 化学シフト(δ)[ppm] で表す。
基準物質:TMS(テトラメチルシラン)→ δ = 0 ppm
✅ 電子密度が低い(非遮蔽)→ 低磁場(δ 大きい)
✅ 電子密度が高い(遮蔽される)→ 高磁場(δ 小さい)
¹H NMR 代表的な化学シフト
| プロトンの種類 | δ (ppm) | 遮蔽・非遮蔽 |
|---|---|---|
| TMS(基準) | 0 | — |
| R-CH₃(アルキル基) | 0.9〜1.5 | 高磁場(遮蔽される) |
| R-O-CH₃(メトキシ基) | 3.3〜3.5 | 中程度 |
| Ar-H(芳香族) | 6.5〜8.5 | 低磁場(非遮蔽・環電流効果) |
| R-CHO(アルデヒド) | 9〜10 | 非常に低磁場 |
| R-COOH(カルボキシル) | 10〜12 | 最も低磁場 |
⚠️ 芳香族プロトンが低磁場に現れる理由:芳香族の環電流効果(ring current effect)により、π電子が磁場を増幅し、プロトンを非遮蔽化する。
🔢 積分値とプロトン数
¹H NMRでは、シグナルの積分値(面積)がプロトン数の比に比例する。
✅ 積分値 = プロトン数の「比」(絶対数ではない)
例:積分比 3:2:1 → CH₃ : CH₂ : CH(比率)
⚠️ CDCl₃中の「×印」:重クロロホルム(CDCl₃)溶媒中に微量含まれる CHCl₃ に由来するシグナルが δ ≈ 7.26 ppm に現れる。これは試料のシグナルではなく、問題文では「×」で示される。
🔗 スピン-スピン結合(n+1則)
隣接する炭素上の水素(等価なH)の数 n によってシグナルが分裂する。
分裂数 = n + 1
| 隣のH数(n) | 分裂数 | 名称 |
|---|---|---|
| 0 | 1本 | 一重線(singlet, s) |
| 1 | 2本 | 二重線(doublet, d) |
| 2 | 3本 | 三重線(triplet, t) |
| 3 | 4本 | 四重線(quartet, q) |
例:エタノール(CH₃CH₂OH)
- CH₃(3H):隣の CH₂ が 2H → 2+1 = 三重線(t)
- CH₂(2H):隣の CH₃ が 3H → 3+1 = 四重線(q)
- OH(1H):水素結合のため分裂が観測されにくい(重水添加で消失)
✅ 重水(D₂O)添加で消えるシグナル = 活性プロトン(OH, NH, SH など)
💊 医薬品分析への応用
| 用途 | 内容 |
|---|---|
| 構造確認 | 合成した医薬品・原薬の構造が正しいか確認 |
| 純度試験 | 不純物・異性体のシグナルを検出 |
| 代謝物同定 | 体内で生じた構造変化の検出 |
| 日本薬局方収載 | ¹H NMR が確認試験として収載されている品目あり |
✅ IR(赤外)1770 cm⁻¹ 付近の強い吸収 → 酸無水物や特殊なエステルの C=O 伸縮振動(通常のエステル ~1735 cm⁻¹ より高波数)
📋 国試頻出まとめ
| # | ポイント | 内容 |
|---|---|---|
| 1 | ゼーマン分裂 | I=1/2 の核が外部磁場で 2 つのエネルギー準位に分かれる現象 |
| 2 | 化学シフト | 低磁場(δ大)= 非遮蔽 / 高磁場(δ小)= 遮蔽される |
| 3 | 積分値 | シグナル面積 ∝ プロトン数の比 |
| 4 | n+1則 | 隣のHが n 個 → n+1 本に分裂 |
| 5 | TMS | 基準物質(δ = 0 ppm) |
| 6 | CDCl₃の×印 | δ≈7.26 に溶媒由来(CHCl₃)のシグナル |
| 7 | 重水(D₂O)添加 | OH・NH・SHなど活性プロトンのシグナルが消失 |
| 8 | 芳香族H | δ 6.5〜8.5 ppm(環電流効果で低磁場) |
| 9 | ¹H vs ¹³C | ¹H は感度高・積分値でプロトン数比がわかる。¹³C は炭素骨格を直接観測 |
📝 国試過去問チェック
第110回薬剤師国家試験 問4(必須)
スピン量子数が1/2である原子核が外部磁場の中に置かれると、そのエネルギーが2つのエネルギー準位に分かれることを表しているのはどれか。1つ選べ。
1. 化学シフト
2. McLafferty(マクラファティー)転位
3. ラジカル開裂
4. 超微細分裂
5. ゼーマン分裂
解答と解説を見る
正解:5
5○ ゼーマン分裂(Zeeman splitting):スピン量子数 I = 1/2 の原子核(¹H, ¹³C など)が外部磁場に置かれると、エネルギーが 2(= 2I+1)つの準位に分かれる現象。これがNMR(核磁気共鳴)の原理。正しい。
1✗ 化学シフト(δ)は、周囲の電子密度によって共鳴周波数がずれる現象(ゼーマン分裂後の話)。「エネルギー準位が2つに分かれること」ではない。
2✗ McLafferty転位は、質量分析(MS)においてγ位のH転位を伴う特徴的なフラグメント化反応。NMRとは無関係。
3✗ ラジカル開裂は、質量分析のフラグメント化機構の一つ。NMRとは無関係。
4✗ 超微細分裂(hyperfine splitting)は、電子スピン共鳴(ESR)でラジカルの核スピンによりシグナルが分裂する現象。NMRのゼーマン分裂とは異なる。
第108回薬剤師国家試験 問109(一般)
ある化合物の ¹H-NMR スペクトル(400 MHz、CDCl₃、基準物質はTMS)と各シグナルの積分比(下表)、および IR スペクトル(1770 cm⁻¹ 付近に強い吸収)から、この化合物の構造式を選ぶ問題。なお、×印のシグナルは CDCl₃ 中に含まれる CHCl₃ のプロトンに由来する。
シグナル 化学シフト 積分比 ア δ 7.1〜7.2(芳香族) 3 イ δ 7.1〜7.2(芳香族) 3 ウ δ 1.2〜1.3 2 エ δ 2.6〜2.7 2 オ δ 1.2〜1.3 2 ※選択肢は構造式のため、原典(108回試験問題)を参照のこと。
解答と解説を見る
正解:1
NMRスペクトルの読み取りポイント:
① IR 1770 cm⁻¹:通常のエステルの C=O 伸縮(~1735 cm⁻¹)より高波数。酸無水物(~1850 + 1770 cm⁻¹)やアリールエステル・ビニルエステルなど、カルボニルが活性化された C=O を示す。
② NMR 積分比とシグナル解釈:
- ア・イ(各3H、δ 7.1〜7.2):2 種類の芳香族プロトン → 芳香環上のH
- ウ・エ・オ(各2H):脂肪族の CH₂ グループ3種 → 合計6H の脂肪族
- 総プロトン数:6(芳香族)+ 6(脂肪族)= 12H
③ 構造推定の流れ:
- IR から高活性 C=O が存在する(1770 cm⁻¹)
- 芳香族 6H(2種 × 3H ずつ) + 脂肪族 CH₂ × 3 の骨格
- これらを満たす構造(選択肢1)が正答
×印(δ ≈ 7.26)は CDCl₃ 由来のシグナル → 試料のシグナルではない
